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青春ものの小説ブログです

Over 1

もう何年前になるだろう。桃井は昔のカレンダー手帖を見返す。今では開くことのないページ、高校のバスケット部のマネージャーをしていたころのもの。その手帖の高二の春休みの時に、空白がある。約一週間部の予定が書いていない日付。私が蒸発していた時。彼と――赤司くんと・・・・。その一か月ぐらい前にあの、アメリカから来日したジャバウォックとの試合があった。あの試合中に彼になんらかの「変化」があったのだった。それは彼から後で聞いた話だ。それで彼はある能力に目覚め、あの男をあんな場所まで追い詰めたのだった。あの試合がなければ、彼はああしなかった。そして今私がこういうことになることもなかった。桃井は自室の机の引き出しを開けてみた。彼からのプレゼントの小さな指輪ケースが入っている。それはこっそり贈られたもので、彼の父の征臣はまだ知るところのないものだ。彼の父は私を許すだろうか。彼には理解のない父親だと言う。彼が勝手に決めた私との婚約も、彼の父はきっと反対するのだろう。それでも彼はいいのだろうか。桃井は暮れなずむ夕焼け空を眺めている。彼もどこかでこの空を見ている。そう信じたい。桃井は膝を立てて座り、部屋の壁によりかかって考えた。今あのころのことを思い出してみる――高校二年のあの冬を。

 

地球岬?変な名前の場所ね。」

室蘭市にあるんだ。この前の夏休みに行ってきたんだよ。」

「そう。北海道まで。京都からは遠いでしょ。」

「うん、急に行きたくなって。」

「どうして?」

「地球の丸みが見えるぐらい開けた場所があるんだって聞いてさ。断崖絶壁が13キロも続いているんだよ。自殺の名所かな。」

「やだ、赤司くん、変なこと考えたんじゃないんでしょうね。」

「まさか。室蘭本線の母恋(ぼこい)駅から車で10分だよ。北海道だけど暑かったなあ。」

「ふうん。ウィンターカップのこともう引きずってないのね。安心した。」

「ああ負けたこと?いつまでもぐじぐじ思っていてもね。」

「そうそう。」

「じゃあまた。」

「うん。」

桃井は電話を切った。赤司からの電話は久しぶりだった。十月に入った第一週ぐらいの電話だった。リコからジャバウォックが来日する話をされ、リコの父親が彼らの来日試合をプロデュースする話を聞かされていた。リコの父親は帝光のキセキのメンバーを集めたがっている。その話をされ、桃井が連絡を個別に取っていた。そのやり取りで、赤司とも連絡するようになった。あのウィンターカップの別れ際に会ったことで、最初はぎこちなかった二人だが、何度か電話をするうちに、こういう日常的な話もするようになった。桃井はもちろんまだ自分の気持ちを赤司には打ち明けていないし、赤司からもそのようなことは言われていない。だからそれは、昔の帝光時代の主将とマネージャーのつながりが復活したようなものだった。桃井はメールは打たないようにしていた。何か勘違いされたら困る。それぐらい慎重にしていた。直接電話で話をするだけ、そういう実のある関係にしておかないとと思った。黄瀬とは赤司はメールでやり取りがあると聞いていたが、それも自分には荷が重かった。友達が聞いたらなんて歯がゆいと言われるだろう。それでもよかった。何よりも中学の卒業式で「そんな赤司くんは嫌いだ」と言ったことを、当の赤司からそんなに気にしていないよ、あのころは僕も少し軽率だったからね、と電話口で言われて安心してしまった。赤司くんはやっぱり気にしていないんだ。だって中学のころだからね。桃井さんだってあのころとは変わっているだろう?僕もそうだけど。桃井は受話器の前で赤司が目の前にいないのに、うんうんと大きくうなずいてしまった。ごめんね、ごめんね。もう二度とあんなこと言わないから。私どうかしていたんだよ。そう?桃井さんらしいと思ったけど僕は。私らしいってどういうこと?じゃあね、またいつか電話するから。桃井は言って電話を切った。桃井は顔が自然と緩んでくるのを止められなかった。赤司くんがあの時の私を許してくれた。どうしてこんなにうれしいんだろう。その赤司と再会できるチャンスをくれたのだから、あの疫病神のアメリカから来た連中にも、桃井は感謝しなければならなかった。しかしこの時はまだそれも予感すらしなかったことだ。電話の向こうの赤司が実際はどう思っているのか、桃井の知るところではなかった。桃井はひとりつぶやいた。

「北海道か・・・。どうして行ったんだろう、赤司くん。一人だったのかな・・・・。」

今年のインターハイの結果については、すでに知るところだった。洛山はいい成績で終わったのだが、それでも優勝ではなかったのだから、赤司にとってはウィンターカップに続いての不調だったのかもしれない。でも、もういい。電話口の向こうの赤司は明るい声だった。あの帝光時代の写真を渡したことも、いやに思っている風ではなかった。いつまた会えるのだろうか。桃井はそれだけを考えた。未来は明るいものだと思った。

(赤司くんががんばっているんだから、私もがんばるんだ。青峰くんも故障、治ってきているんだし。)

そう桃井は思った。