Off white

青春ものの小説ブログです

緋色の領分 10

桃井は青峰と同じ桐皇に行くことになった。地元で進学しやすいところを選び、青峰と同じで親の安心する高校だった。赤司は京都の洛山高校に行くことになった。前任者の監督の白金監督が、その高校の監督になるというので行くという話だったが、選手の青田買いだったのだろう。しかし本人も京都に行くことに納得したのだ。桃井にはつらすぎる卒業までの時期だった。赤司があの明洸戦で点数に「1」の数字を並べた真意は、桃井にはわからなかった。赤司のことは好きだった。しかし最後に来て裏切られたと思った。もう会うことはないのだ。それなら、最後に一言言うべきだ。自分の気持ちとして落とし前をつけておきたい。桃井はそう考えていた。

卒業式は曇り空だった。三月のこの時期は晴れることの方が珍しいのだ。校舎で記念撮影している同級生たちを後目に、桃井は赤司の姿を探した。いた。校門のところで、所在なさげに彼は立っていた。もう門から出ようとしていた。ほとんどの生徒がもう帰ったころだった。

自分は今泣いている。赤司との中学時代の恋を葬り去るつもりで今泣いている。好きにならなければよかった。こんな気持ち、自分でも嫌だ。そう思った。やはり今までのとおり、赤司を見つめると好きという感情で目が吸い寄せられるのがわかった。頭では彼のことを嫌いにならなければならないと思っている。でも心がそう動いてくれない。今まで何度も好きと思って見ていたからだ。それに今から嫌いという感情を上書きしないといけない。でも、心がそう動いてしまう。人間だから動くんだ。人間だからそう見えるんだ。いつの赤司の言葉だっただろうか。桃井は泣きはらした目で赤司の前に立った。

「赤司くん、京都に行くんだってね・・・・もう会うこともないね・・・。」

赤司は桃井の泣いている様子に、気づかわし気に言葉をかけた。

「桃井さんは高校でもバスケ部に入るの?」

「うん・・・・赤司くんにまた会えるのなら、バスケ部でマネージャーをやるよ・・・・・。」

赤司の表情が少し動いたようだった。

「そうなんだ。桃井さんもがんばって。」

桃井は最初口の中でつぶやいた。

「・・・さしくない赤司くんはきら・・・・・。」

「え。」

それから大声で叫んだ。

「やさしくない赤司くんは嫌いだ!そんな赤司くんは!」

桃井の目にどっと、あとからあとから涙があふれてきた。言いたくなかった。彼を傷つける言葉は。でも、言わないといけない。今、言わないといけない。

桃井の叱責が赤司の心に響かなかったと言えば嘘になる。しかし赤司の心はその瞬間、遠い時空に飛んでいた。桃井の言葉は母からの言葉だった。そう思った。母がどこかで見ていて桃井にそう言わせたのだと思った。そう感じた。それは長い暇(いとま)だった。赤司の心は中学時代のいろいろな時空を飛んだ。ある時はバスケットの全中の試合中であり、ある時は高田晴美とレストランで会話をしていた時だった。あるいは晴美に犯行に及んだ現場だった。それらを一瞬で桃井の言葉は突き抜けた。

赤司は言った。

「僕のこと、嫌いだったんだね・・・・。」

桃井の目は激しくさまよっていた。だから次に赤司のした行動には彼女は目を見張った。彼はやさしく桃井を抱き寄せていた。そして耳元で低くささやいた。

「ごめん、桃井さん。行ってくるよ。」

 

桃井は帰宅した部屋で、その晩一晩中泣きぬれた。彼にあんなことを言うのではなかった。もう取り返しがつかない。赤司は京都への新幹線の車内で桃井のことを思った。洛山のバスケ部でまた新しい女性マネージャーがつくかもしれない。でもその人はおそらく僕にとって桃井さんほどのことはない。桃井さんとのことは僕は一生忘れない。何十年かたって、記憶から消えるほど昔のことになっても。それを桃井さんは少しも知らないんだ。どんなに桃井さんが僕のことを嫌いであってもね。

京都に着く車内アナウンスが流れ、赤司は列車から降り、改札口を出た。京都駅では時刻はもう夜だった。さようなら、桃井さん。赤司は夜の街に向かって歩き出した。

 

完・2017年6月23日脱稿