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青春ものの小説ブログです

緋色の領分 8

梅雨前線が北上していた。その日体育館では一日雨降りだった。室内での練習のみで、部員の数も三々五々だった。青峰がまた練習をさぼりでいなかった。赤司もドリブルなどの練習をしていたが、どうも調子が出ない様子だった。桃井はこういう日もある、と思った。次の大会までの余白みたいな日だった。紫原が雨で気分が乗らないと言い、練習がうっとおしそうだった。紫原は最近急成長してきている。桃井もそれには気づいていた。先日も練習でダンクを決めた時、赤司らにパスを回さずに単独でインしてしまった。「俺に回した方が確実だったじゃないか」という赤司の一言にも、紫原は一瞥を投げただけである。そうした二人の不穏な空気は、桃井も見ていて不安に思っていた。桃井は思った。

(この急成長が、私にはすごく怖い・・・・。)

紫原はしばらくそれでも練習していたが、やがてボールを放り投げると、赤司に言った。

「峰っちが来ないんなら、俺もやめよっかな~。オレ負けるの嫌いだし~だから今まで練習には出るようにしていたんだけど~、練習しなくても勝てるんだったら、俺だってしたくないんだよね~。」

「それは青峰のことを言ってるのか?」

「そーだよ。あいつ練習しなくても試合でだけ勝てたらいいって監督に言われたそうじゃん。俺もそれでいきたい。」

「なんだと?」

「俺も今まで赤ちんの言うこと聞いてきたのはさ~赤ちんには絶対勝てないと思っていたからなんだよね~でも最近そうでもないと思うようになってさ~。」

「・・・・・。」

「俺より弱い人の言うこと、聞くのやだな~。」

「・・・・なんだと。」

体育館に残っていた部員たちはざわめいた。不穏すぎる空気が二人の間にはあった。

赤司はきつい表情で言った。

「今なんと言った?紫原。」

「だから、俺より弱い人の言うこと聞くのやだって。」

桃井はあわてて二人の間に割って入った。

「急に何言ってるのムッ君。冗談でしょ?あとで監督に・・・。」

言いかけた桃井は赤司に肩をつかまれ、どかせられた。

「どけ桃井。聞き捨てならないな、紫原。主将がチームで一番強くある必要はないが、そこまではっきり歯向かわれては話が別だ。自惚れるなよ。」

赤司はボールを拾い上げて言った。

「ワンオンワン。5本先取だ。少しお灸をすえてやる。」

紫原は侮蔑したように赤司に言った。最近赤司の調子がよくないのを、見ていて言っていることだった。

「どーなっても知らないよ、赤ち~ん・・・・。」

二人はボールで試合をはじめた。桃井は試合展開に目を見張った。赤司くんが負けてきている。緑間たちもこれには驚いた様子だった。

 「完全に紫原が圧倒している・・・?」

「信じられん。今ので4-0。赤司が追い詰められた・・・・?」

紫原はボールを持って言った。

「なんだ・・・もっと苦戦するかと思ったけどこんなもん?正直ちょっと、というかこの程度の人の言うこと聞くのはもう無理かも~。まいっか~どうでも~。」

と言うと、ボールをついて紫原は言った。

「これ決めたら俺の勝ちだし~。約束どおりこれからは俺の好きなようにさせてもらうから~。峰っちみたいに練習休むから~。」

赤司は焦点の定まらない目で前を見据えている。自分が「あの事件から」絶不調になってきているのはわかっていた。古賀さんともあれから会っていない。自分は最愛だった母の仇も討てず、古賀さんに言った日本一などという虚勢からもはずれたことしかできなくなっている。今の自分には何の存在価値もないんだ。それは赤司にとって、針の筵(むしろ)に座っていることだった。何よりも桃井が今自分を見ていることがたまらなかった。彼女の前で何かに負けることはあってはならないことだ。自分はすでに一度みじめにしくじった。これ以上しくじることはあってはならない。思い出すんだ、母が死んだあの瞬間を。あの血を吹き出してはじけ飛んだかあさんを。その瞬間赤司の脳裏に鋭く赫い衝撃が走った。退行現象と古賀なら言ったかもしれない。しかし赤司は明らかにそれまでとは精神状態が違ってきていた。僕が負けることは絶対にあってはならないんだ。かあさんを殺したやつに絶対に負けるもんか・・・!限界まで赤司の体の筋肉が引き締まった。それは母を殺したやつへの呪いだった。赤司はその呪詛を、自分自身に向かって厳かに唱えた。

「すべてに勝つ僕は、すべて正しい。」

 「えっ・・・抜いた?」

その瞬間皆は一斉に赤司の挙手の速さを見た。紫原のボールを信じられない速さで赤司は抜いていた。黄瀬と緑間、桃井は驚愕して叫んだ。

「ちょっ・・・・・今何が起きたんスか?」

「わからないのだよ・・・・。」

「赤司くん・・・・。」

(今までの赤司くんと違う・・・・?)

桃井は驚愕して目を見張っている。赤司は言った。

「少し調子に乗りすぎだぞ敦・・・あまり僕を怒らせるな。僕に逆らう奴は、親でも殺すぞ。」

紫原はその瞬間ぞわっとした。そう言う赤司の目は虚空を見て何も見ていなかった。

赤司は紫原をその後激しく追い上げて、試合は結局4-5で赤司の勝ちに終わった。紫原はふてくされたように言った。

「じゃ~明日から練習には来るからさ~。おつかれ~。」

と言って体育館をあとにしようとした。

「ちょっと、ムッ君!」

と桃井が怒るのに、赤司は止めるように言った。

「いや、来たくないのなら来なくていい。他の連中も同様だ。黄瀬に緑間もそうしたかったらそうしていい。」

紫原は不審に思い振り返った。

「え・・・・さっきと言ってることが違うじゃん。」

赤司は言った。

「試合に勝てばそれ以外は不問にする。以上だ。今のワンオンワンでよくわかった。チームプレイは必要ない。足並みを皆でそろえる必要はない。かえって枷になる。」

緑間は驚いて赤司に言った。

「正気か?チームで結束できなければ、試合に勝つことはできない。おまえの言葉とも思えないが。」

「僕は試してみたいのさ。それに一度ひびの入った皿は元に戻ることはないからね。修復できたとしても、それはもう別の皿だ。別の皿になったのなら、そのように使うべきだ。」

「どういうことだ?」

「元から僕には二人いて、たった今入れ替わったというだけだ。それだけの話だ。」

「・・・・・・。」

赤司の言葉に、黒子は当惑して言った。

「赤司くん・・・・本当に赤司くんなんですか・・・。」

「僕は赤司征十郎に決まっているだろう、テツヤ。」

赤司はそう言うと、体育館から歩き出した。すれ違いざまに桃井に言った。

「青峰くんのことは、ご苦労だったね。」

桃井はひやりとして、振り返って赤司を見た。

(赤司くん。)

赤司の背中は、桃井の追及を固く拒絶していた。