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青春ものの小説ブログです

緋色の領分 6

緑間はその時体育館で一人だった。ふつうの練習のあとまだなんとなく居残りでシュートの練習をしていた。ふと、思った。

(この距離から投げて入るかな?)

入るはずはない、そう思った。試しに注意深く狙って打ってみた。

(入った。)

緑間は思わず括目した。自分が成長してきている。それは実感ではない何かだった。自分が自分でなくなる感じ。しかし紛れもなくそれは自分であった。気がつけば、あの全中のスタメンの仲間はみなそんな感じだった。紫原はものすごく身長が伸びた。そのダンクシュートは迫力を増していた。自分もまた、その途上にいるのだと思った。もう一年もないんだと思った。ここにいるのは、と。

 

その日桃井は下校時黒子と偶然一緒になった。桃井は黒子とは性別を気にせず話ができて楽だった。「キセキの世代」では唯一そんな部員だった。他の部員は正直気づまりがした。高校になっても自分はバスケ部のマネージャーになるのだろうか、と桃井はぼんやりと考えた。チームは負けなしでそれを言われるとうれしい。でも、私とは違う次元のことのように思える。そんな不安感があった。

「このごろは青峰くんも練習には出てくれてますね。」

桃井は黒子の言葉に少し微笑んだ。

「ええ、私がうるさく言ったから。大ちゃんはああ見えて責任感は強いから。」

「そうですね。部長の赤司くんもきっとうれしいと思います。あと一年もないけど。」

「うん。」

そこで桃井は少し立ち止まった。

「どうしたんですか、桃井さん?」

「うん・・・なんでもな・・・。」

と言った桃井の頬に涙がこぼれていた。黒子はあわてた。

「泣いているんですか、桃井さん?」

桃井は手で顔を覆い、耐えられない風に言った。

「ずっと一緒だよね、私たち。これからも一緒だよね?」

「桃井さん・・・。」

「ごめん、恥ずかしいね。私もう一人で帰る。ありがとう、黒子くん。」

桃井さん大丈夫ですかぁ、と言う黒子の声を背に桃井は急ぎ足で歩いた。もう夏の気配で風が強かった。桃井はいつもの道からそれて帰ろうかと思った。今日はクラブ活動はない。少し寄り道したっていい。テストもまだ少し先だ。

どうして今泣いてしまったんだろう、と桃井は思った。バスケット部のマネージャーをして苦労したことの方が多かった。全中の試合中ずっとつきそっているのは大変だった。それでもみんなが一緒にいるのを見ているのは楽しかった。あの人もいたから、と桃井は思った。あの人とは赤司のことだった。あんなロボットみたいな人、とクラスメイトが言うのにも桃井は黙って聞いていた。この恋は高校まで秘密にしておくつもりだった。いやもっともっと先まで秘密だった。私だけが知っている恋なんだ。以前街で見かけた赤司が、女性と連れ立っていたのを見ても、桃井の思いは消えなかった。何か理由があったんだ。そう考えることにした。試合をしている時の彼が好きなんだから、と思った。そういうあきらめの恋だった。

だからショッピングセンターに行く次の曲がり角を曲がった時、またその「二人」が遠くに見えたのを見て、桃井は心底驚いた。前に見た時から一年ぐらいたっていただろう。やっぱり、と思って桃井は顔面蒼白になった。しかもたった今学校で禁止されているような店の中に入っていったみたいではないか。あれは何?と桃井は思った。やっぱり誰かに言うべきだ。でも先生には言いたくない。そうだ、家の人に言おうと桃井は思った。青峰くんの家に電話をかけたように言えばいいんだ。桃井はあわててマネージャーの事務ファイルばさみを繰った。部員の住所録が入っているはずだった。桃井は携帯から赤司の家に電話をかけた。しばらくコール音がした後、誰か年寄りの女性が出て来て、「赤司ですが。」と言った。桃井は勢い込んで話した。「赤司くんのおかあさんにつないでもらえます?」「おりませんね。」と言って電話は途切れた。その次からは何回かけても話し中だった。電話をはずされているのかと思った。おそらく電話を取った女中にいたずら電話と思われたのだろう、しかし桃井にはそんなことはわからない。桃井は家のある場所まで行ってみることにした。

もう夜が近かった。赤司家は小高い丘の上にあった。桃井は坂道を息せき切って登りながら、何のために私はこんなことをしているんだろうと思った。でも、赤司くんのためなんだ、と思った。赤司の家は大きかった。鉄製の玄関は広くて、呼び鈴を押しても誰も出なかった。あきらめて帰ろうとした時だった。

「君、その制服は征十郎くんの学校の生徒だね。彼に何か用?」

古賀だった。車から降りて桃井に近寄ってきた。古賀は先日赤司と最後に会った時、少し不審なものを感じたので、あれから一か月ほどたっていたが、またその「曜日」だったので面会を約束したわけでなかったが様子を見に来たのである。桃井は最初驚いたが、相手がふつうの物腰の大人なので安心して言った。

「学校の帰りに赤司くんを見かけたんです。女の人とバーみたいなところに入っていって・・・見間違えじゃないと思うんです。それだけ言いに来ました。彼に注意してください。」

「それでわざわざ?それはご苦労だったね。」

「いえ。同じ部のマネージャーなんです。彼には言わないでください。」

「いいよ。気をつけて帰りたまえ。場所はどこかな?」

「○○市ショッピングセンターのすぐ近くです。」

桃井はきびすを返した。古賀はその様子を見て、何事か合点した。そしてやはり、と思った。赤司はやはりまだ晴美と会っていた。古賀はとりあえず詩織の部屋に行ってみた。紙の城が明かりを消した部屋の中で鎮座していた。近寄って見た。女王の紙人形のところに、白い名刺がはさまっていた。高田晴美の名前だった。名刺には赤司の筆跡で赤いボールペンで店名らしい英文と今日の日付、そして

「PM:20:00 TU(タイムアップ)」

と書かれていた。古賀は血相を変えて車に戻り飛び乗った。時間はもう七時過ぎだった。自分は考えすぎかもしれない、しかし征臣と晴美がつきあっていたことを赤司が知っていたとしたら。それは時間との勝負だった。