Off white

青春ものの小説ブログです

緋色の領分 5

そのあと全中の全国大会があった。帝光は「キセキの世代」と呼びならわされている赤司ら二年生中心のスタメンを組み、見事二連覇の王冠に輝いた。青峰は相変わらず練習にはさぼりがちだった。虹村たち三年生は卒業し、彼らは三年生に進級した。桃井は全国大会に勝ったことはうれしかったが、クラブ中に不安な空気が渦巻いているような気がしてきていた。ベンチに座って練習を見ている桃井の横に、その時クラスメイトの女子が来た。

「バスケ部、がんばってるじゃん。」

「みっちゃん・・・・・。」

「なんかそっちばかり見てるね最近。赤司くん?」

桃井は赤くなってうつむいた。

「見てないよ・・・・なんでそんなこと言うの?」

 「だって今年はもう三年生だもんね。もうすぐ卒業でしょ。告白するなら早いうちがいいよ。彼人気あるからさ。」

「そんなのいいよ・・・。違うから・・・・。」

「そうなの?遠慮していたら、盗られちゃうよね。彼財閥の息子だから。」

「そんな話しないで!」

桃井の強い語気にみっちゃんは驚いたようだった。

「言っちゃだめだったの?桃井はふつうの家だから?」

桃井は立ち上がった。

「私はただのマネージャーだから。関係ないから言わないで。」

「怒んないでよ、ピーチ姫。ただの告白タイムじゃん。」

「その呼び名嫌いだから!」

桃井はそう言うと向こうに行った。ピーチ姫というのは、昔の子供向けファミコンゲームのキャラクターだった。時々桃井はそう呼ばれているのだった。要するにクラス内では男女関係では古臭い感じがするというので、そうあだ名をつけられていたのだった。それもまたスクールカーストと言える。桃井はそれが嫌いだった。人より幼い自分を指摘されているようで、腹が立ったのである。しかしそれは図星であった。他人からの指摘は客観的に見るから、適格なことが多い。それは桃井も自覚していた。

歩いていって職員室の前まで来たとき、不意に桃井の前に副監督が立った。真っ青な顔をしていた。どうしたんですか、と桃井が声をかけると、副監督は監督が今職員室で倒れた、救急車で運ばれたと言った。桃井は驚いた。元気そうに思っていたのである。全国大会で遠征に出向いた心労がたたったのだろうか。監督は老年とはまではいかなかったが、それなりの年齢の中年だった。今後のクラブ活動が慮られた。

副監督はそのしばらくあと、理事長室に呼ばれた。今後は君が監督代行で、勝利至上主義を貫くように理事長から説得された。全中の試合で勝ったメンバーで、彼らが卒業まで勝ち続けさせろと命令されたのである。副監督は責任の重さに困惑した。そのメンバーで気になる人間は、やはり練習をさぼりがちだった青峰だった。副監督は青峰を個人的に呼び出し、部活動をこれ以上休むのなら試合だけに出るだけでもういいと言った。この言葉は青峰には相当ショックだったらしい。事実上メンバーから降格に近い形での言葉だった。青峰は部屋を飛び出し、しばらくあてもなく夜の街を歩いた。

自分は今のバスケット技術には自信がある。「俺に勝てるのは俺だけだ。」、そう鎌田西の双子の兄弟のフェイクを抜いたときもそう言った。俺を止められるやつなんかいないんだよ。前の試合でわざと敬遠されたと感じたときからそうだった。それは俺への無視なんだよ。青峰は桃井が気遣ってくれるのがなんとなくうれしかったので、さぼっていたフシもあった。桃井だけは俺を無視しないんだ。高い技術を持った代償は無視だった。今また副監督からおまえを無視するという話を個人的にされた。なんでだよ。そして部長の赤司はそういう青峰に対して何の言葉も言わない。たぶんあいつも無視してんな俺のことを。青峰はそう思った。

街角に立った自販機でコーラを買っていたときだった。ライトがまぶしい対向車の中に見慣れた顔がいたような気がした。

(赤司・・・?)

なんだ今のは、と思った。気のせいだなと思った。あいつが女と車に乗っている。俺が今あいつのことをくそいまいましいと思ったからそう見えたんだなと思った。青峰は深く考えないタイプだった。それでも試合ではせいぜいいいプレーをしてやるよ、と青峰はコーラを飲みながら考えた。黒子、おまえのパスどう受ければいいのかも忘れちまった。おまえは素直ないいやつだからな。青峰は鉄かごにコーラの缶を放り投げた。缶はバスケットゴールみたいに中に入らず、はねて外に転がった。「ちっ。」青峰は舌打ちして前に歩き出した。

赤司は高田晴美と同乗した車で、郊外型レストランに行き食事をした。今回はまだおとなしく話を聞いていた。晴美にはどうやら息子みたいな子と遊んでみたいという願望があったらしい。それはこちらに好都合だった。赤司が生来身に着いたエグゼクティブな雰囲気で穏やかに話すのも、彼女は気に入った様子だった。話は征臣と詩織の若いときの話が多くて、詩織の知らなかった大学時代のエピソードの話は赤司には聞いていてうれしかった。しかしそれも晴美には見抜かれているようで、わざと小出しに晴美はその話をした。赤司を釣る餌だと十分知っての話ぶりだった。

「私もね、あなたみたいな息子がほしかったの。でも、結婚できなかったから・・・。」

と晴美が遠い目をして言うのに、赤司はその瞬間内心憎悪が渦巻いたが、表情には出さず、「それは悲しい話ですね。」と言った。晴美は「そう思う?じゃまたおばさんの話につきあってくれる?」と笑った。「いいですよ。時間がある限りおつきあいしましょう。」と赤司は答えた。

赤司が晴美とレストランに出てくるのを、古賀は向かいの道路に停まった車から観察していた。晴美から勤務先の中学校にかかってきた電話で、「赤司征十郎って子ほんとに征臣くんの息子かな?あなた知ってるでしょ。」と言われたのである。「詩織とあなた仲がよかったし。知ってるわよねー。」と言って電話は切れた。高田晴美はクラブは違うが、大学の仲間の一人だった。胸騒ぎがして、詩織の会社から跡をつけてみた。赤司がクラブ活動がない曜日があるのは、心療療法もどきをする日にあてていたので知っていた。それも最近は忙しいと断っていた赤司だった。それでまさかと思っていたことが今目の前にあった。どういうつもりだ。もちろん古賀は赤司とふだんから何度も話をしていたから、赤司が年上の晴美と恋愛感情で一緒にいるとは到底思えなかった。何かたくらんでいる。絶対にそうだ。赤司にはそういうところがある。腹の底では何を考えているかわからないところが。それは最初に「お城を作ってみよう」と言って、赤司が女王の紙人形を乗せたときからそうだった。古賀はその人形は赤司の心の中の失われた母親像を表していると思ったが、それだけではない何かを感じさせる子供だと思った。そういう、両義的なところが赤司の行動にはあった。

それで次の赤司と詩織の部屋で会ったとき、古賀はさりげなく話を切り出してみた。赤司の神経を逆なでしないように言葉を選んで慎重に話した。今赤司は安定しているのだ。元の小学生のころの赤司に逆行させてはならない。最初はNBAの選手の話などをし、最近の部活の話をしてから、最近どうしているという話になってから、古賀はこう切り出した。

「先日僕の中学に電話がかかってきてね。おかあさんの同級生の人と街で君は会っているね?」

赤司は顔色を変えなかった。ふつうの顔で古賀にこう答えた。

「はい。僕にいろいろ話をしてくれます。あの人はいい人ですよ。僕の親戚ですからね。」

「しかし君よりもだいぶ年上の女性だからね。そういう女性とおつきあいをするというのは、あまり感心しないね。」

「僕から特別に頼んだんです。僕はあの人が好きなんです。」

「君ぐらいの年齢ではそういう感情はありがちなのだろうがね。」

「そうですね。そういう興味は僕には確かにありますね。」

 「年相応の子と恋愛した方が面白いと思うんだがね。」

「嫌ですね。」

赤司の表情は動かなかった。古賀はたじろいだ。まるで機械と会話しているみたいだった。古賀は晴美が赤司の父征臣とつきあっていたことはもちろん知っていたのである。何かありそうだと思った。とにかく、と古賀は言った。

「君は高田さんとおつきあいするのは、やめた方がいい。君のためにならない。せっかくここまでバスケットを上達できたんだ。それを無にすることはやめた方がいい。」

古賀の思いやりめいた言葉に、赤司は機械的に答えた。

「そうでしょうか。あの人のことを思ってバスケをすると、力が入りますよ。古賀さんだって、僕のおかあさんのことを思ってバスケをしていたらそうだったんじゃないんですか。現に僕のおかあさんが死んだらバスケを正式にするのはやめてしまった。」

「それは私の個人的な問題であり・・・。」

「古賀さんはおかあさんと寝たことだってあるんでしょう。僕はそれ、おかしいと思いません。僕だってそうしたい。」

「赤司っ。」

古賀は赤司に思わず手をあげそうになった。しかし振り下ろすのをやめた。赤司の頬に涙がこぼれていたのを見たからである。赤司は喉に詰まった声で言った。

「あの人はね、僕のおかあさんみたいなんですよ。だから一緒にいると安心するんです。」

「・・・・・・。」

思わず古賀は無言だった。赤司は何かに耐え、感極まった様子だった。そんなはずはない、と古賀は思った。まったく似ても似つかない詩織と晴美だった。赤司にだってそれはわかるはずだ。しかし今の赤司にはそう見えるのかもしれない。古賀は落ち着けと自分に念じながら話した。

「とにかく落ち着いてよく考えるんだ。いいね?君の人生なんだからね。」

「はい、わかりました。もう会いません。」

古賀は赤司の殊勝な答えに一応ほっとした。そしてこれ以上追い詰めるのは危険だと思った。

「それならいい。君も母親を亡くして大変だと思うが。学校のことに専念しなさい。」

赤司はそこでこう言った。

「古賀さん。以前から父に言われていたのですが、そろそろこの心療療法も終わった方がいいと思うんです。僕ももう十五歳になりました。昔なら元服のころです。僕も学校の方が忙しいので。」

「うん。」

「これからは僕一人で生きていきます。」

「それは君一人ではないよ。人間はいろいろな人と支え合って生きているんだからね。」

「でも、そうなんですよ。それで頼みがあるんです。心療療法が終わっても、しばらくはこの紙の城は残しておいてほしいんです。古賀さんが持って帰らないでほしいんです。」

「ああ、君がそうしたいのならそうする。私は最初からそのつもりだったからね。」

「よかった。じゃあ、さようなら古賀さん。心療療法がなくなっても、時々また僕に会いに来てください。」

「ああ。」

古賀はそう言うと、立ち上がった。赤司はもう泣いていなかった。そして古賀に右手を差し出してきた。古賀は赤司と握手をして別れた。終の別れのようだった。古賀は詩織とは体の関係はなかった。それを言った赤司の心が気がかりだった。しかしこうやってもう自分の手から離れていくのだなと思った。そう思えた夕暮れだった。赤司邸は主人がほとんど不在のまま、静まり返っていた。