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青春ものの小説ブログです

緋色の領分 3

黒子が一軍に昇格したのは、その年の秋口だった。赤司との練習と、自分で書店で買ったスポーツ関連の本を読んでミスディレクションの練習をし、また青峰と自主練習に励んだせいで、監督から一軍に入るように言われた。このころには後に退部してしまう灰崎も一軍にまだいた。桃井はあの影の薄かった子が一軍に入れたと知り、驚いたが黒子がかわいい印象の子だったせいもあって、応援したくなり素直に喜んだ。黒子にはそういう愛玩動物のようなところがあった。要するに雄を感じさせないところが多かった。

しかし実のところ、監督に黒子のことを進言したのは副部長の赤司だった。黒子に影の特性があること、実戦で使えそうなことを赤司は折を見て話した。まだ一年生の赤司だったが、言うことが論理的で筋道だっているので、気に入った監督は昇格を承諾したのである。

「視界に速く動くものと遅く動くものがあれば、速く動くものを追ってしまう。目の前の人がふとよそ見したら同じ方を見てしまう、など。そうした習性を利用し視線を操る技術の総称がミスディレクションです。黒子には目立たない特性があるから、コート上であたかも幻のように姿を消してしまう。」

赤司の説明に、監督と部長の虹村は言った。

「要は実戦で勝てるかどうかだ。チームで勝てなければ話にならない。」

帝光のバスケ部は全国優勝を目標に掲げているクラブであったから、こう言われるのも無理はなかった。虹村は言った。

「ウチの地区では上位10校でこの時期交流戦を行っている。非公式だがただの練習試合よりも熱の入る試合だ。それに今度おまえたち一年生だけで出てもらう。もともとウチは頭二つぐらい抜けているからな。上級生もベンチには入っていて危なくなったら交代するが、もしそうなったら降格は覚悟しておけよ。」

その交流試合では、黒子は結局虹村と交代してしまうことになった。仮の一軍だったから、他のメンバーたちもそれほど黒子に期待していたわけではなかった。しかしその次の試合でも黒子は調子がよくないので、さすがに赤司は黒子にこう言ったのだった。

「パスの強さを修正する必要があるな。一軍のパスの速さはもっと速い。それと、表情に気持ちを出さないことだ。闘志があるのはいい。しかしそれは内に秘めろ。存在感を消すことが大切だ。」

「はい。」

黒子はそう言われて、上り調子になった。赤司にこう言われることは、信頼できることだと思った。青峰も黒子については監督に補正するように言っていたが、何よりもはじめに目をかけてもらった赤司から言われることはうれしいことだった。文通でやりとりをしている萩原ともお互いにがんばろうと励ましあった。しかしそのころ、灰崎が退部届を出し、入れ替わるように黄瀬が入部してきた。黄瀬は最初は二軍だった。桃井は監督に言われて、黄瀬の面倒をみるのを黒子に頼んだりした。しかし桃井にも気にかかることがあった。灰崎がやめる時、副部長の赤司が冷たい目をして桃井にこう言ったのである。

「灰崎の素行の悪さは最近目に余る。先日も他校の生徒と繁華街で喧嘩をしていた。退部を薦めよう。もう用済みだ。」

「え・・・赤司くん、見てたの?」

「ごみ焼却場でロッカーのシューズも燃やしていたからな。そんなやつにバスケを続けられるとは思えない。」

「あの・・・。」

「桃井さんも彼には近づかない方がいい。」

赤司はそう言うと、向こうに行ってしまった。桃井はなんとも言えない気持ちになった。時々赤司くんは、ひやりとするほど冷たい・・・。灰崎がシューズを燃やしていたときに、黒子もたまたま見ていたようだ。彼に灰崎はこう言った。

「本当に怖いやつや悪いやつは他にいるんだよ。俺もバスケするより女と遊んでいる方が楽しいからな。」

「あのそれって・・・・。」

と黒子が言うのに、灰崎は笑って答えた。

「おまえらの王国にこれ以上つきあう義務はねぇんだ。裸の王様掲げて戦ってりゃいーんじゃねえの?俺に言えるのはこれだけ。おっかねぇからな。じゃあな。」

「灰崎さん・・・・。」

そのあと、赤司らは二年生になった。そして監督が交代し、虹村が発表があると言った。「赤司を次期主将に任命する。」と。虹村の父親が病のため入院し、その看病のためこれ以上部長を続けられないと言い、監督に赤司を部長に推薦したのである。赤司は部長をやめるための虹村の怒ったような態度にも、特に何も言わず、むしろ彼としては珍しく正面から同情的であった。そして虹村にがんばってくださいと声をかけた。それは単に先輩あげのための言葉とは見えなかった。

「おまえにも情はあるんだな。」

と、虹村は思わずほろりとなり、苦笑したように赤司に言った。副部長をして横にいるとき、まるで精密機械が横にいるようだと何度も思った虹村だった。赤司は使えるやつだったが、情に薄いと彼は思っていたのである。赤司は言った。

「尊敬できる父親を持って、虹村さんは幸せです。」、と。虹村は赤司の言葉をさほど気にも留めなかった。赤司は学校では自分の家のことをほとんどしゃべらず、そういうことを言うのも珍しかった。ただ緑間あたりは赤司の家のことを少し知っていて、紫原に噂話として話たことがあった。要するに赤司の家ほど自分の家はでかくない、という話をしたのであった。しかしその先は不明だった。赤司が帝王学を幼少時から学んでいる、という緑間の話も、たぶんに緑間の希望的観測だった。ただ赤司の挙動を見ていると、幼いころからタイムスケジュールどうりに勉強させられていたような風が感じられたのでそう言ったのだった。赤司には得体のしれないところがある。緑間はそう思ってそう言った。自分と同じ分析派で頭脳派の人間だと思うが、帝光バスケ部の影は、実のところ黒子ではなくて赤司だと緑間は思っていた。赤司はほとんど指示以外余計な話はしない。しかし皆を影で支えている。彼が部長になってから確かにクラブは成績がよくなっている。それでか、噂では今の一軍のメンバーは「キセキの世代」と言われることがあった。それも縁の下の赤司の実力かと緑間は思った。

さて、このあたりから青峰と桃井の話になる。この二人はつかず離れずで幼馴染として横にいたが、青峰がバスケットで次第に自分の技術に頭打ち感を感じて、また出場した試合などで格下の相手にがっかりすることが多くなり、そんな自分にいらいらして桃井にあたるようになっていた。部活もさぼりがちになっていた。

「青峰くん、部活には出てよね。」

と、桃井は青峰の家に電話したこともあったのだが、青峰の母親から今はいないと言われることが多かった。部活の練習には出ず、試合にだけは出る。それでは困る。監督にもそう言われている。桃井は困惑した。自分は青峰の保護者ではない。でもそんなことをさせられている。青峰に怒ったところで仕方がない。本人のやる気なんだ。しかし黄瀬から青峰が繁華街にいるみたいだという話を聞いて、いても立ってもいられなくなった。

「どうして黄瀬くんは青峰くんを見かけたんですか?」

「いやあ、モデルしないかとしつこく言われている事務所の近くで歩いているの見たんス。」

「青峰くんを探しに行きます。」

「桃井さん一人だと危ない。俺と黒子もついて行くッス。」

青峰がいると言われた場所は、学校から私鉄に乗って終点のターミナル駅付近だった。部活のない放課後三人はターミナル駅に行き、近くの大型ショッピングセンターなどをまず探したが、そこではまったく青峰は見つからなかった。

「しようがないですね。飲み屋のあたりも覗いてみるッスか。」

と黄瀬が言うと、黒子は焦った顔で言った。

「やくざがいるところは、怖いです。」

桃井はたよりにならないとため息だった。桃井は言った。

「仕方ないでしょ、青峰くんまさか飲み歩いていないと思うけど・・・。」

「やつならやりかねないッス。」

「もう、こらあ。日が暮れる前に見つかるといいけどねぇ。」

桃井は大きくため息をついた。と、その時黒子が叫んだ。

「あっ、あそこのコンビニにいますよ、青峰くん。」

「えっ、いたの?よかった・・・。」

と桃井が思った瞬間だった。桃井は黒子の指さした方を見ようとして、視界の隅に何か赤い頭のようなものが動くのを目にしたような気がした。

(えっ、赤司くん?)

桃井はあわてて振り返った。少し離れた歩道の向こうで、外国車みたいな赤い車に、女性と一緒に赤司が乗り込むところだった。見間違えではなかった。その瞬間桃井はショックで棒立ちになった。車は見ているうちに、信号機のある表通りに向かって発進していく。

(赤司くん!)

桃井の心は全身で叫んでいた。黄瀬が桃井の気配に気づいて言った。

「あれ、どしたんスか?桃井さん?」

桃井は今見た光景を黄瀬に言うのをためらった。青峰のことは皆の既成の事実である。しかし赤司のことは今自分しか気が付いていない。言っていいものかどうか。その瞬間、桃井の中のもう一人の桃井が言っちゃだめ、隠して、と桃井に強く命じた。桃井は言った。

「あ・・・なんでもないない。青峰くんいたのね?」

「?」

黒子が青峰に追いついたようだった。

「青峰くん、部活に出ましょう。」

と言っている。青峰は罰が悪そうだった。

「なんだおまえら。わざわざ来たのかよ。」

「こんなところ中学生は放課後来ちゃいけません。」

「るっせーな。わかってるよ。」

青峰はうるさそうに言った。桃井は言った。

「大ちゃん、嫌なのはわかるけど、こういうところはやめようね。」

「わあったよ。」

青峰はぶつぶつ言いながらも、桃井たちと帰宅するため私鉄に乗った。桃井は帰宅して、二階の自分の部屋に戻りさっき見たことを反芻した。部屋の電灯はつけなかった。

(赤司くん、どうしてなの。そして、どうして私はみんなに言えなかったの。)

クラブ活動中に自分の赤司への気持ちを意識したことは何度かあった。だがそれは、桃井は意識しないようにしていた。しかし今日はっきりそれを指摘されたような気がした。明日学校で、皆や監督に今日見た事実を言うのもためらわれた。それで赤司に嫌われるかもしれないと想像することはたまらなかった。

「赤司くん・・・・。」

桃井はそうつぶやくと、勉強机の上で顔をうずめた。自分でもおかしいほど涙が湧いてきた。