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青春ものの小説ブログです

笥(はこ)詰めの恋 9

第四クォーター前半、誠凛は追い上げていた。実渕らのシュート技術を次々と破られ、確実に点差は縮まってきていた。五将の働きにも陰りが見えはじめてきていて、赤司をたよる気持ちも少なくなってきていた。そんな中、赤司がふと口にした。「・・・絶対は僕だ。」「なんのこと?」と葉山は聞いた。彼は秀徳との試合のことはもう忘れ去っていた。その時赤司はフォーメーションで自陣に立っていた。特に何の前触れもない動作だった。秒数にして3秒にも満たなかっただろう。誠凛では火神が「ゾーンに入った」ことで、派手なシュートを何発か決めていた。このまま押せば勝利は目前ではないか。その時だった。「スティールだ!」誠凛の伊月たちが声をあげた。赤司がおよそ信じられない速さで近づき、火神のボールを抜いた。メテオジャムに入る直前の姿勢からだった。跳躍の瞬間?捕らえられるものか。だがそのまま赤司はカウンターに入った。馬鹿な。火神はあわてて追いすがった。なんだこの速さは?追いつくどころか離される。ボールを確保してるんだぞ?普通なら無理のはずだ。まさかこいつもゾーンに?日向たちが阻止しようとしたが、足がすくんだように動けない。赤司は言った。「跪(ひざまづ)け。」火神と黒子はゴール手前で高くジャンプして、赤司の盾になろうとした。しかしフェイクでやりすごされてしまった。「そのまま讃える姿勢で思い知れ。おまえたちの敗北は絶対だ。」赤司はそのままシュートを決めた。電光石火の技だった。その後はまた赤司のせいで洛山が盛り返してきた。黒子は言った。「いったんあきらめましょう。そして、今できることを探すんです。」火神は無言だった。自分のゾーンよりも赤司のゾーンは深い。理由はわからなかったが、明らかに集中度が違う。「わかった。おまえと俺の力で、なんとかしよう。」火神は思った。二人でならできるかもしれないと。事実赤司は単独で動いていた。青峰は赤司を見ていて言った。「ゾーンにはタイムリミットがあるからな。あいつは小柄だから、あんなに集中してはそう長くは続かない。」桃井は心配そうに赤司を眺めている。先ほどは黒子くんを彼は押しつぶそうとしていると思った。でも、今は逆だ。彼は自滅するのではないか?それは見ていて桃井には予感として感じられた。

破綻はすぐに訪れた。赤司のカウンターを止めるために立ちはだかった二人だが、連携プレーで黒子を隠して火神がボールを止めることに成功したのである。馬鹿な?僕の目の前の、いないはずの場所に黒子が・・・!赤司は瞬時の判断ミスが鈍ったのを感じた。「彼」が憑依してきているのは十分わかっていた。おかしなセリフを口走っている自分は十分すぎるほど異常だった。しかしその力で自分は潜在能力以上のゾーンの中に入れることができた。だがその代償で、自らの判断能力を手放してしまっていたのである。人間は人間以上にはなることができない。秀徳の試合で言った、はずれることのない法則に彼自身が陥っていた。痛恨のミスだった。その後は赤司は失態の連続で、五将になじられる事態にまで発展した。「なんでパス遅いんだよ。亀か?」葉山はどなった。黛は今まで黙っていたが、どうしても言いたくなり赤司の前に立って言った。「本当に同一人物かあんたは?屋上で会ったときとは別人だぜ。つーか、誰だお前?」黛の言ったことはほんのささいな一言に過ぎない。黛の言葉に赤司は身を震わせたようだった。そして言った。「僕がいったい誰だって?僕は赤司征十郎に決まっているだろう。」「そうだよ。」「僕は僕だ。僕は僕なんだ。」赤司がそう思いつめたように言うのを、彼らは黙って聞いていた。単独プレーに出た責任を取ってもらいたいのだった。赤司は素直に謝った。「すまない。自分の判断ミスだ。これからは力を合わせて行こう。」それは普段の冷徹な赤司とは違っていた。征ちゃんが謝った・・・と実渕は思った。晴天の霹靂ね、と。それは桃井が見たら、中学時代の赤司にまた戻ったと思ったことだろう。何か憑き物が落ちたかのようだった。その後、赤司は息を吹き返したが、時はすでに遅かった。いったん上り調子になった誠凛を止めることはできなかった。青峰は見ていて笑った。「火神のやつ、ゾーンの二重の扉までこじ開けたみたいだぜ。」と。それはゾーンの、というよりも仲間との信頼関係が堅固だったせいだ。緑間はそう思った。

緑間はゾーンの存在など信じていなかった。ゲームアップのバスケットカウントが宣告され盛り上がる観衆の中で、誠凛は自分ではなく黒子であったから勝てたのだな、と緑間は思った。中学時代、黒子は赤司が育てたのも同然だった。赤司は冷たいやつだったが、彼はいつでも黒子を気にかけていた。黒子は少しもそのことに気付いていなかった。皮肉なものだな、と彼は思った。赤司はこのコートでそれを黒子に教えたかったのだ。何とも思わないやつになら、そこまで必死にならない。黒子は希薄な人間関係の中に生きていて、誰とも摩擦が起きない生き方をいつも選ぶ。赤司のそれとは対極にある生き方だ。あいつは自分自身と周囲との闘いですでに満身創痍だった。それは対戦していてよくわかった。一言一言が斬りつけるようだった。緑間は何度も試合中に煮え湯を飲まされる思いをしたにもかかわらず、赤司を哀れに思った。整列したとき、黒子は赤司の目をまっすぐに見つめて自信を持って答えた。「ボクは、影だ。」それは火神の、と赤司にはすぐにわかった。赤司は思った。負けた。生まれてはじめて、どん底の負けを実感した。胸がこんなにも痛いものとはな。息をしているのもやっとなぐらいだ。だが自分が間違っているとは思えない。試合の勝敗上でいくら否定されても、あの時の俺は間違っていなかった。間違ってなどいるものか。赤司の目にうっすらと涙がにじんだ。