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青春ものの小説ブログです

笥(はこ)詰めの恋 8

第二クォーターがスタートした。リコは黒子を下げて水戸部を再び出すことにした。他に解決策はなかった。「絶対コートに戻ります。勝つために・・・!」黒子のくやしげなセリフに、リコは無言でタオルを渡した。洛山の選手のうち全員が化け物というわけじゃない。データにあった六人目の黛という選手は、第一クォーターで一時黒子のマークに立った選手はそれほどじゃない。水戸部くんならかわせるはず、とリコは思った。赤司は休憩時間で仲間に言っていた。「第一クォーターは様子見だった。誠凛の力は十分わかった。ここから先は蹂躙するのみ。点を取ってもらう。」赤司のセリフに、五人は深くうなずいた。黛はマークしていたときの黒子を思い出していた。あれが、赤司の言っていた帝光のシックスマンか。赤司の口ぶりから、自分が帝光時代の赤司の右腕だったらしいその黒子というやつの仕事を、引き受けさせられているのは薄々気づいていた。彼ははじめて赤司に会ったとき、照れ隠しのつもりでこう切り返した。「俺は自分が大好きなんだ。」黛は黒子のように、かつての同級生との友情がらみで退部届を提出したわけではなかった。三年生になってもレギュラーになれず、練習がきついから退部していたのだった。だから言わば滅私奉公型の性格の黒子とは対極に位置する。しかし彼の場合は黒子よりも現時点では攻撃力があった。パス回しだけでないことも彼にはできた。だから彼は赤司にこう言った。「パス回しだけなんてつまらない。そこまでしてスペシャリストになってまで、試合に出たいとは思わない。出られないなら俺はそれまでだとあきらめる。自分が気持ちよくなけりゃ、バスケなんてする意味がない。」と。赤司はそれを聞いて心中笑った。こいつを黒子のように矯めることは不可能だ。これはおそらくそういう人間だ。しかしこいつをスカウトする以外に現時点では方法はない。彼は言った。「まったく同じスタイルなど求めていない。君ならテツヤを超える幻の選手になれる。」その言葉を信じて黛は今コートに立っている。現金なものだな、いきなりレギュラーに入ったが、パス回しをうまくやっているうちは、仲間も俺を認めてくれているようだ。黛はその時水戸部のマークを抜いて、パスからシュートに瞬時に切り替えてうまくゴールした。洛山の反撃で波に乗っているときだった。不意に背後から冷気のような視線を感じた。黒子が控え席からこちらをじっと見ている。俺の挙動を観察しているのか、影の特性を失った自分へのフィードバックを探すのに懸命なのだろう。俺が洛山の黒子に徹しているのが気に入らないらしいな、と黛は思った。その後リコは次々と控えの選手に交代させ、洛山を攻略しようとしたが、追いつかれて点差が開きだした。一年生の降旗、福田と出したが点差の開きはさらに広がった。青峰は言った。「ライオンの前には無理だな。」赤司までアリウープを決め、日向がテクニカルファウルをもらってしまい、誠凛は絶体絶命に陥った。黒子はついにリコに願い出た。「選手交代をお願いします。僕は勝ちたい・・・無理でもっ、不可能でもっ、みんなと日本一になりたい・・・・!」それはあの日の自分に向けて言った言葉だった。赤司に帝光時代に自分のバスケを全否定され、情のあるバスケは必要ないと切り捨てられたあの時の自分に。コートに立った黒子を見て赤司は思った。やはり最後はおまえが出てくるのかと。黒子があの日言った、仲間が大事だから、あるいは友達が大事だから、という人としての優しい感情は赤司にも理解はできた。しかしそれでは勝負には勝つことはできない。それを今おまえにもう一度思い知らせる必要があるな、と。勝つ事が当たり前のように思うから、そういうぬるま湯のような幼い感情に流されてもそれで唯々諾々としていられる・・・。赤司はその時そう思った。それは彼の考えている世界の真理だった。黒子は否定されなければならない間違った定理だった。

第三クォーターが始まった。黒子は最初、黛のマークに立った。「悪いけど、幻のシックスマンの名前をまだ譲るつもりはありません・・・。」黛は黒子を何度か抜いた。得点もできたが、嫌な予感がした。なぜこんな無力なまま黒子はそこにいるのか。そう思ったとき、黛を抜くカウンターを火神がやった。もともとレギュラーメンバーとしては弱い黛への視線の集中――ミスディレクションが崩れていく。見ていた緑間が言った。「わざと抜かれ続けたな。視線の上書きだ。何度も黛を視界に入れることによって、動態誘導を無効化したのだ。オーバーフロー原理のうまい作戦だな。」肉を切らせて骨を断つつもりか。しかし黒子への視線集中がはずれたせいで、誠凛は変幻自在のパス回しを復活させることができた。黒子のパスで木吉がまた得点できた。戻り調子になり、誠凛の追い上げが始まった。洛山はタイムアウトを取り、今後のことを話した。葉山たちは黛を下げる案を言った。当然の話だった。しかし赤司は「まだ役に立ってもらう。」と言った。その様はふだんの彼とは違い、やさしいものだった。なぜか黛はそれにぞっとしたものを感じた。ほとんど自分は今コートに立っている意味はない。赤司は言った。「まだおまえの力は必要だ。下げたりするものか。洛山の勝利のために期待しているよ。」「え・・・・。」黛は我が耳を疑った。こんなことを言うやつじゃなかった。何かが赤司は違ってきている。非情と篤情が紙一重のところでないまぜになったような言葉だった。それは赤司が幼い日に父からかけられた、労いの言葉をまねたものだったのかも知れない。しかし試合に戻って黛はわかった。ただパスを通すためだけに火神の視界に入っていろというのだった。やはり非情か。「五将でやるしかねーってか。」葉山は得意のドリブルでカウンターを始めた。伊月が盾になって阻止しようとした。葉山を最初は止めることは不可能だった。葉山は高速のドリブルでシュートを決めた。伊月が考えたのは、ドリブルで高速ではたくときの手の反動が固い瞬間があるということだった。そこを狙えば崩せる。ドリブルをそれでなんとか止め、リターンマッチになったとき、伊月は火神の応援で葉山を阻止することができた。「おまえが俺より賢くなくてよかったよ。」葉山に伊月は癇に障ることを言った。心理作戦、伊月のマークが続いた葉山は誤って黛にパスを出してしまった。そこを火神にスティールされ、また得点されてしまった。誠凛の上げ潮か、と赤司は思った。何を血迷っている。黒子が復活した今、黛を下げるのをなぜためらったと彼は思った。そこには彼だけのこだわりがあった。黒子をどうしても試合上でねじ伏せたいのだった。それは操縦不能になったコクピットに座っているような感覚だった。全部のランプがエマージェンシーで激しく点滅している、しかしこのまま月面にでも突っ込んでしまいたいと思った。「彼」の時間が始まりつつあった。

続く第四クォーター、最終の魔の10分間がはじまった。