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青春ものの小説ブログです

笥(はこ)詰めの恋 7

桃井は決勝戦の前日の夕方、試合会場の体育館近くのDPE屋に入った。スマホを渡して、店主に言った。

「すみません、この写真、8枚ほど現像してもらえます?」

「今いるの?」

「はい、そうです。できればすぐに。」

「20分ほど時間はかかるよ。」

待っている間、桃井はネットで打ち出した各選手のデータをもう一度見た。誠凛の黒子に頼まれていたわけではなかった。彼女は今日の秀徳洛山戦を見て、その作業を続けていたのだった。その試合では目立たなかった一人の選手。黛という選手が彼女は気になった。ほとんど赤司の活躍の影に隠れていて、彼の存在はゲーム中では誰にも忘れ去られていた。なぜそんな選手があの試合に必要だったのだろうか?洛山には無冠の五将と呼ばれる選手が三人入っていて、それは試合中に赤司を盛り立てていた。彼らとは違うこの選手の存在は、黒子くんに似ている。彼女はそう思った。今の赤司くんの精神的な支えになっているのだろうか。「母親はいないんだ。僕が小学生の時に、死んだから。」ささいな赤司の一言が、桃井の胸に響いた。京都にいる赤司に会いたいと願ったのは桃井からだった。黄瀬に相談すると、考えてみてもいいと言われ、彼がメールを送ってくれたのである。中学の卒業式の時は身もつくろわず泣いてしまった。今はあの時よりも大人になっていると思った。でも、赤司くんにはそうではなかったんだ。あの時傷つけてしまった。だからせめて、これぐらいはしてあげたい。今の赤司くんには迷惑かもしれない。でも、あの時「やさしくない赤司くんは嫌いだ」と言ったことは取り消したい。京都で会ったときの彼は自分に優しかったと思う。もう手遅れなのだろうか。さっきの試合を見ていて桃井は思った。その時DPE屋の全面ガラス窓の上に白いものがちらちらと見えだした。「あ、雪。」桃井は口に出して言った。そして赤司もこの雪を見ているのだろうかと思った。

 

勝戦が始まった。誠凛は最初は火神、日向、水戸部と伊月、故障が治った木吉のメンバーであった。第一クォーター前半、火神はいきなりの先制攻撃に出た。彼は3本立て続けにシュートインを決めた。ゾーン入りか?見事なメテオジャム、先制点を取った誠凛は湧いた。「しかしゾーンに入ったとしたら、満タンの風呂の栓を抜いたときのように減りが激しいぞ。」観客席で見ていた青峰は桃井にそう言った。「ゾーンは長時間は持たないからな。はじめからトバして大丈夫かあいつ。」赤司は葉山の代わりに火神のマークにつくと言い、次の火神の攻撃の時スクリーンに立った。両者にらみあった後、火神は一瞬で赤司を抜いた。そのまま火神は一気にメテオジャムに入ったが、今度はうまくインができなかった。ボールの軌道コースがふくらんで外れたのである。赤司がマークのポイントで火神の跳躍時の踏み込みを一歩ずらしたせいだった。それもまた、一種の偶然の賜物であり、赤司もぎりぎりのラインで戦っていた。高くジャンプしてからのロングシュートで、ゴール上の空間の針の孔を通すようなダンクシュートがメテオジャムの特性であり、その不確実性に賭けたのだった。緑間との試合で言った、「人間の行動は予測できる」というあの眼からであった。「雑念が入ったな、火神のやつ絶調から一気に反動で絶不調もありえるぜ。」と青峰は言った。桃井は無言だった。ただの絶不調の話ならいいと思った。赤司は思った。こいつはたぶん今ゾーンに入ってる。ゾーンを解くには心理攻撃しかない。その集中を途切れさせることだ。赤司はドリブルで敵領域への侵入(ペネトレイト)を果たしたとき、火神に言った。「本物とフェイク。比べられることすら不愉快だ。頭が高いぞ。」火神が一瞬動揺したようだった。火神もエンペラー・アイに開眼したという噂話を、黄瀬との海常戦の観戦で彼は耳にしていた。これでゾーンが途切れたか?赤司は我ながらこすい手だと思った。秀徳との試合では、「彼」の憑依状態で口にした言葉だった。やつがまたまとわりついてくるか?その赤司の考えの隙をついて伊月が赤司のボールにトスした。イーグル・スピア、しかし一瞬前に赤司はパスを出していた。パスは実渕に渡り、木吉が阻止しようとした。実渕は木吉をよけてダブルクラッチでインしようとしたが、あやういところで水戸部がはじいて得点にはならなかった。「おっしゃ。」火神はゾーンが解けた自分を感じたが、仲間のプレーでなんとかなりそうだと思った。青峰は言った。「ゾーンがニュートラルに解けたな。これなら大丈夫だ。」赤司は少しツメが甘かったなと思った。それにしても黒子はまだ温存中か。その後も誠凛が6点のリードで、この流れを止めたくないと思った監督のリコは、水戸部と黒子の選手交代を告げた。黒子はコートに立ったが、その時実渕が「ごめんなさいね。」と黒子をわざとよけた。それを赤司は目に留めた。やはり黒子の影の薄さがなくなっている・・・・。その時、葉山が赤司に言った。「もう一度火神のマークをさせてくれよ。あんなにバコバコに抜かれて、やり返さなきゃ気がすまない。」「いいだろう。」葉山は得意のドリブルで火神をあおった。その余波からか日向がシュートインに失敗し、また根武谷や葉山がゴールを決めたことで、接戦になってきた。しかし何かがおかしい。日向は思った。黒子の特技の見えないはずのパス回しが見えていて、阻止されていたのではないか?それは度重なる失点で次第に明らかになっていった。黒子は焦った。僕がいるせいでチームが負けてきている。それはもともと影の薄かった黒子にとっては、耐えられないことであった。赤司は思った。帝光時代、パスに特化させ、シュート技術を身につけさせなかったことが仇になったな。高校では仲間たちと切磋琢磨してバニシングドライブやファントムシュートができるようになった。その反動の進化の代償。もともと目立たない人間がなまじ光りだした場合、ふつうに光っているやつよりも光って見えるようになる。存在感が今のおまえにはありすぎる。それはおまえが僕に反撃したあの時から決まっていたことだ。おまえはもう幻のシックスマンじゃない。僕の影ではないんだ。誠凛は黒子を下さず、そのまま試合を続行させた。黒子は得意のバニシングドライブやファントムシュートを撃ったが、すべて起点軌道が見えているらしく、洛山の選手たちに阻止されていった。「どういうつもりか知らないけど、戦力外の選手を出し続けていて、甘いんじゃない?」と実渕は言った。しかしラスト、日向がシュートを決めて、21対21の同点スコアで第一クォーターは終了した。「俺たちが甘いんじゃなくて、そっちが甘いんじゃない?」と日向は言った。まだ軽口をたたける余裕があった。赤司くん、これではまるで・・・と桃井は思った。いつの時だったか、中学時代、赤司は「黒子くんは黙って僕の影を務めてくれているからね。」、と桃井に言ったことがあった。その黒子くんを彼は塗りつぶすつもりで・・・・。「ケッ、こういうことかよ。」と桃井の横の青峰は舌打ちした。「しかし黒子のことだから黙ってねーよな。」と彼は言った。