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青春ものの小説ブログです

笥(はこ)詰めの恋 5

ウィンターカップが始まった。試合開始の当日、赤司は帝光時代の「キセキの世代」のメンバーを試合のあった体育館前に呼び出したりしたが、特に何かをしたかったわけではない。純粋に皆の顔を見たかった、ただそれだけだったが、このころになると赤司は自分自身に殻がついたような感じになってきていた。試合に勝つことはすでに目標ではなくて、絶対服従のことだった。何か大きな者に命令されているように感じていた。だから、その時も自分のしたことであとで驚いた。その時緑間の持っていたハサミで、誠凛の火神の頬を切ろうとしたのだった。緑間のいる秀徳とは準決勝で当たること、誠凛も四強に入っていることはもちろん脳裏の中にあった。その上での行動である。自分でも予測できない行動に突き動かされている感じだった。自分の中に何者かが入り込んできている。それは「彼」ではないだろう。赤司はそう思った。インターハイの時が頂点で、いよいよ自分はだめになってきているようだ。それを気取られない風にするために、赤司は自分の髪の毛を切り詰めるという異常行動を皆の前でしてみせた。黒子など、あっけにとられた顔で自分を見ていたのを覚えている。君はそうやって自分自身を刈りこんでいくといいよ。「彼」の言った言葉が残酷に頭の中で残響した。緑間の秀徳とは第一セットで当たることになった。試合で礼をしたとき、赤司は中学時代、緑間と将棋を指したときのことを思い出した。「オレは敗北を知らない」、とその時赤司は言った。紫原とワンオンワンでやりあった後の、卒業間近のことだった。そのセリフを言ったのはもちろん「彼」だったし、「彼」がいつものごとく「オレ=赤司」に励ましの警句を吐いたのに過ぎない。だが緑間は不快感をあらわにし、「なんだそれはイヤミか?」と言った。赤司は「すまない。ただ今ふと思っただけだ。」と謝り、言い訳をした。その時のことをなぜ今思い出すのか。しかしそれは緑間も同じだったらしい。礼をした後、「将棋とバスケは違うのだよ」と言った緑間に、赤司は言った。「すべてに勝つ僕は、すべて正しい」と。「彼」に戻ってきてほしいと思う気持ちと、何かに操られている状態が、すでに赤司の中では混在していた。その混濁した精神状態の中で、秀徳との試合は始まった。

ゲーム開始の第一クォーターではまだ両者は互角であった。赤司もまだ緑間のマークについていなかったし、緑間も持ち前の高度なシュート技術で徹底して攻めていなかった。開始直後のロングシュートが入ったとき、緑間が赤司に「すべてに勝つ僕はすべて正しいだと?笑わせるな。勝ったことしかないような奴が知ったような口をきくなよ。約束通り俺がお前に教えてやる。敗北を。」と言うと、赤司は少し笑った。凍り付いたような張り付いた微笑みだった。僕が勝ったことしかないだって?こいつには何にもわかっていない。僕はいつだってぎりぎりなんだよ。なんだってそんなことを言うんだよ?緑間はその瞬間赤司にぞっとしたものを感じた。緑間が嫌な気配を感じた次の瞬間、赤司は高尾のマークを抜いた。おそるべき敏捷性だった。その赤司からのパスを受けた根武谷が素早くシュートを決めた。そこで第一クォーターは終了した。カウンターがあんなに早いとは思ってもみなかった。緑間は京都で会ったときの赤司の、「速攻の時には限界点を超えるぐらいに努力はしているつもりだよ」というセリフを思い出した。噂の通りだった。 だがまだ攻めようがあるはずだと思った。

第二クォーターでもまだ赤司は有効パスを出すだけで、攻めるのはドリブルが得意な葉山だった。緑間は葉山の速攻をなんとか止めてシュートを決めたが、すれ違いざまに実渕から「アナタ以外の選手は足手まといね」と言われた。緑間はかっとなり、「このチームで足手まといなど俺は知らない」と言い返したが、その時冷静さを欠き始めていたのかもしれない。実際得点していたのは緑間だけだった。様子見だった赤司が、緑間のマークにつくと言い出した。すでに緑間のシュート攻撃で同点膠着状態だったので、何人か緑間につけるべきだという作戦タイム時に、赤司が「僕一人でやろう」と言い出したのだった。監督指示も主将の赤司に従えということだったので、それで第三クォーターは行くことになった。

後半戦最初、緑間と赤司は対峙することになった。緑間は180越えの身長がある。赤司は173しかなく、この身長差で抜くことは可能なのか。緑間がノーフェイクで得意の3Pロングシュートの態勢に入ろうとしたその時、赤司の挙手がひらめいた。シュートに入る直前の姿勢からの目視できうるぎりぎりの、目にも留まらない速さのカットだった。観客席でスナック菓子を食べながら見ていた紫原は、あれが噂の「エンペラー・アイ」かと思った。要するに動態視野で動きを予測して目線を送るのと同じ理屈だ。赤司には緑間のシューテイングのタイミングが「見えて」いたのだ。しかしそれを予知能力かの如く尾ひれをつけて噂されている。ミドチン、ちょっとやばいかもね。紫原は赤司にワンオンワンで追い上げられたときのことを思い出していた。反応が速すぎる。緑間のサポートに出た高尾は赤司のカウンターに追いすがった。「抜かすかよ!」高尾は叫んだ。猛攻中の赤司は言った。「キミがどくんだ。」このようなセリフは、心理戦ではありえることだった。しかし次に赤司が言ったセリフには、高尾は我が耳を疑った。「見降ろすことは許さない。頭(ず)が高いぞ。」赤司は気押された高尾の目の前で、ロングシュートを入れた。なんだ、こいつの今の変なセリフは?時代劇か?と高尾は思った。そして、なんで自分は脱力しているんだ?それは赤司が幼少時に「バスケットをするのは許さない」と言われて、父に厳しく折檻されたときに、父からどなられたセリフであった。すでに赤司の精神は暴走し、その時そういった荒野を彷徨し始めていたのである。