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青春ものの小説ブログです

笥(はこ)詰めの恋 3

ちょうどそのころ赤司はまた黄瀬からのメールで変な話を耳にした。洛山の一年の部員に「エンペラー・アイ」なるものの使い手がいるという話があるというのだった。「それって赤司っちのことかな。赤司っちの目つきちょい怖いっち。インターハイでなんかあったっち?」と黄瀬のメールには書かれていた。なんだそれは、と赤司は思ったが、帝光時代の名家の出自と噂されたときのことを思い出し、自分の知らないところでまた噂を立てられていると思った。何より一年生の身の上で主将に抜擢されたのだから、何か言われても当然だった。目か、と赤司は思った。黒子に一度影に徹するためにはどうすればいいか、それは人間の動態視野を計算に入れて動けという話をしたことがあった。自分もそれは計算に入れて動くようにしている。だが目が変だと言われれば、例えばノールック・パスを出したときになにか自分は変だったのだろうか。そういえば「どけ」と強く念じたときに、相手がスクリーンをやめたような気がしたようなことがあった。あれはしかし自分の気のせいだと思う。ただ・・・・最近、あの「ゾーン理論」を読んだころから、以前はあれこれと話しかけてきた「彼」があの本にある重い扉の門番のように、沈黙するようになった気がする。それは確かに不気味だった。自分は確かに「彼」はそういった者であるだろうと思った。またシュレディンガーの猫の話にあるように、その存在がはっきりとつかめない者だと思っていた。だがなぜ「彼」は自分に話しかけるのをやめたのだろうか。そしてそれは、「エンペラー・アイ」なる噂話と無関係ではないのではないか。黄瀬のメールには続きがあった。「エンペラー・アイって『帝王の眼』って意味っしょ。赤司っちはよく知らないけど、洛山では帝光出の数少ないメンバーじゃない?帝光だから帝王。いい意味だといいけどね。」赤司は暗い寮の部屋の中で、ぴっ、とスマホのスイッチを切った。頭の動く彼は、すぐに「ぺらい」という二重の意味に思い至った。誰かがそう自分を悪意を持って呼んでいる。自分が箱の中にいる御曹司だということは、すでに中学時代に思い焦っていたことだった。ぺらい中身がない箱だってことか。いいだろう、そう言えばいい。赤司はそのことは胸の奥にしまうことにした。しばらくは平穏な日が続いた。転機はあの大文字焼きの日だった。

「しばらくぶりに会わねぇ?俺京都に観光に行くからさ。赤司っちの顔見たいから。」と黄瀬からまたメールが届いた。赤司と違ってのんきそうな黄瀬だった。承諾したのは、インターハイで会うことのなかった皆の様子を知りたいがためだった。京都駅の改札口で待ち合わせて、指定時間に黄瀬以外のやつたちがいたのを見たとき、赤司はだから驚いた。改札から出てきたのは黄瀬と青峰、緑間と桃井だった。「黄瀬くんがね、大文字見に行かないかって言ったのよね。」と桃井は言った。「人多いのによ、こんなん隅田川の花火で十分じゃねぇか。」、と青峰が言った。あ、気にしないで、私たちが黄瀬くんに頼んだの。赤司くんの時間は取らせないから。とりあえず喫茶店に入りましょ。桃井は卒業式の時とは違っていた。というか、あの時のことを忘れていた。そうとしか赤司には思えなかった。新幹線の中でたそがれたことは、無為な時間だったように思えた。またそんな桃井のために意地を張り、紫原とのことを消し去りたいと思ったことも、滑稽なことのように思えてきた。しかし赤司は顔には出さなかった。父との夕食会で、そのような訓練には長けていたのである。そう、じゃそこの店にでも、と赤司はごくふつうの調子で言った。